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グッドデザイン

もう僕は自動車に乗っていないけれども、自動車の絵は好きである。
だから、私の愛車を描いてくれないか?と依頼も多い。
それなりに楽しく描かせていただいてはいるんだが、
実は心の底からテンション上がっているわけでもない。
申し訳ない気もするんだが、本音を言うと僕は1950年代のテールフィンのついた
流線型のものが好きだ。
1960年代後半から、あまり好きなデザインの車は見なくなった。
可愛い車が好きだ。
可愛いには人のそれぞれの好みがあるから千差万別だけれども、
僕がそそられるのはこういう類の自動車だ。

この車はたぶん、1956 Freetwood である。
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結んで開いて

※む〜す〜ん〜で・ひ〜ら〜い〜て♪
て〜を〜うって〜〜む〜すぅんでえ〜〜♩
ま〜た ひらいてぇー てぇ〜を〜うって〜〜
そおのお〜てぇ〜を〜〜うしろ〜に〜〜〜〜・・・・

くりかえし※

不屈の生き方を勧めると同時に
私どもの生き方のベクトルの選択についての
警告をこれ以上 上手に顕彰した詩はないであろう。
これこそは珠玉のメッセージとも言える。

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とうきびスープ

日曜の朝は、「とうきびスープ」が好きだ。
コーンスープのことかい?
まあ、そういうことだけど、
北海道ではとうもろこしのことを「とうきび」という。

ちなみにとうもろこしの関西での昔の呼び方は
「なんば」または「なんばん」ともいう。
南蛮きびから来ている。
京都の古はなんにでも「さん」付け呼称が好きだから
『なんばさん』とお年寄りは言っていた。
さておき。

僕ら子供の頃、日曜の朝、母のつくる「とうきびスープ」が
大好きでとても楽しみだった。

母は札幌出身だった。
レシピはいたってシンプル。
まずは刻みパセリを用意する(これはやはり生がいい)。
そして、水溶きの小麦粉を作っておく。

とうきびの粒(缶詰でOK)、適量の水、塩胡椒を鍋に入れて
温める。そしてバターを投入する。
ふつふつしてきたら、好みの量の牛乳を注ぐ。
沸騰する直前にパセリを入れて、水溶き小麦粉を少しづつ
回し入れ、粉っぽさを消しつつ、とろみがつくまで温める。

これでオーケー。
サイトをいじったり、掃除をしたり、
数年ぶりにゆっくりできるこの日曜が愛しいものだ。

皆様も良い1日を。



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Cindy Funny Faceより・その1

・・・・・・

エスカレーターを上がり、2階、3階と行くのだが、店はなんにもなかった。やってなかった。

『あれ?ヘンやの。どこも改装中?でも誰もおらん・・・。』

ぐるぐる回ってみたが、人気(ひとけ)はない。まるで廃虚だった。

階段の方を見ると、制服の高校生カップルが手すりの柵から足を地階に向けてブラブラさせて放り出して座り

カバンのキーホルダーをいじったりして、いちゃいちゃするばかり。

ガラス張りのがらんどうの店内には什器も何も無く、その隣はペンキの缶が転がっていた。

左へ曲がったとき、ニックはとてもノスタルジーを感じた。

場末のバーの入り口みたいなセットがあり、オーク色のつや消しの壁は、看板用の絵の具で描かれていた。

5段の階段を登るとそこはステージになっており、入り口左にウイスキーの樽。遊園地の世界一周みたいだ。

右にはガス灯のレプリカがあった。深い緑のそれは異国のシンボルのようだった。

ふと、思い出したかのようにシンディは、

『アンタさあ、マーク・トゥェイン読んだ事ある?』と聞いて来た。
・・・・・・・


ご本人の気が向けば
いつか出版されるだろう。
もちろん文体の校正を経て。

Cindy Funny Face

また抜粋して書くかもしれない。

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放送やってたときがある

思い起こせば、小学校の終わり頃、
FMラジオを、貯めたお年玉で買って、たぶん日立のパディスコだったかなあ、
それにはFMワイヤレスマイクが付いていて、それで喋るとラジオで聴けた。びっくりした。
んでもって、手持ちのおもちゃのトランシーバーでやってみると
それも周波数はもう忘れたがラジオで聴けた。
歓喜した僕はひとりで放送局はじめた。
けっこうオタな子供だったな(笑)。
誰も聴いていないけれど
もし誰かが聴いたらなあ〜!^^と。
瓶に入れた手紙を海へ放つというようなロマン。
アホだとも言われたなあ。

最近は、タバコも酒もやらなかった少年期が懐かしい。
ご飯を食べるのも後回しにするくらいなにかに没頭していた頃。
あの頃が懐かしい。
きっと僕、またそういうのするだろう。
Youtubeもまたやるんじゃないかな?
とりあえずは
リキゾーブログやる(笑)
Rikizo Blog
rikizoblog
rikizo blog
RikizoBlog
RIKIZO BLOG
RIKIZOBLOG
リキゾー ブログ
りきぞうぶろぐ
である。
宣言するという思いつき