僕は脳みそというものをあまり信じてはいません。
あまり僕は賢いほうではないので、僕の脳みそは万能では
ないと思っている、ということです。ご心配なく。

脳みそのいうままに行動していると、胃が痛くなったり
心が辛くなったりすることがあります。
人の脳みそに奴隷化されているとき(苦しい労働)などは
なおさらでしょう。

一日一回は、僕はおなかさんごめんね。ありがとう、とか
足さんすみませんでした。お疲れさまでした、と
労ってあげます。

だけど、僕は脳死したら僕本体を物理的に処分してくださいと
お医者さんにいうでしょうね。たぶん。
そんなわけだから心臓さんはじめ体さんいつもありがとう。
辛くあたりがちだけど、脳みそさんいつもありがとう。

と、僕は思います。

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明日の俺、今日の俺

リキは腰が低いんだね・・・
昔昔のガールフレンドにそう言われたことがある。
どっちの意味かな?
若い僕はそう考えたが、もちろん若かった。
もっと周りに偉そうにしてほしい。
そうしてくれないと私は輝かしく生きられはしないわ。
それが答えだったと思う。
若者は往々にしてそういう尺度を持つ。

そのことに関しては最後の方で語るんだと思うから
置いといて。

僕は、たまに自分のことを俺と言うこともあるのかもしれないけれど、
だいたいは自称は僕である。
エリートの美しい年下の女性が、よく、僕が『僕』と言うときに
少しからかって『僕・・・』と、ほくそ笑むことがあるが
対象外であるから気にもしないが、まあ、だいたいは『俺』なんて
世間に大胆に言えない方なんである。
子供のころからそうなんです。

さて、それはそれで俺は俺。
明日の俺と、今日の俺、
どちらが大事なんだ?!俺!!??
と、自問することが増えてきた。

ちょっと前までは明日の俺が一番大事だった。

なんでだろう??

今になってはさっぱりわからない。

今は僕は本日只今このときの俺を一番大事に
してやろうと思う。

甘やかしてやるわけじゃないんですよ。

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検索

渡辺チカラで検索してみたら、なぜか「おねえ」が出てくるぞ、と
驚く人もいるだろう。しかたないだろうな(笑)。
だが、心配ないぞ(また笑)。

渡辺チカラ展,渡辺チカラおねえ,渡辺チカラキューピー,
渡辺チカラわかさ,渡辺チカラケーキ屋

ちなみにキューピーではなく、キューピッドが正しい。
なぜか改めて辟易とする。ゲ〜出そう・・・。
そんなもんやろな。みんな嫌いや(笑)。

と、いうのが検索ロボットのはじきだしたアルゴリズムらしい。
すべて過去のものだが、ケーキ屋までで検索している人たちがいるとは。
懐かしい。
一番初めの職場です。
一番の失敗だったけどね(笑)。
一番初めの職場とはいえ、短期アルバイトを除いての、だけれども。
無駄な青春を過ごしたな。真面目すぎた。

まあ、たぶん昔昔のお友達が検索してくれるのだろうね。
インターネットは面白い。

もっと面白いのはウィキペディアにおける「渡辺チカラ」だと友人は言う。
そんなに有名人でないひとでも、ごたくをならべたような立派な
プロフや宣伝内容がでてくるが、渡辺チカラでは
どなたが書いても、『意味不明』『明らかに宣伝目的』と
弾かれますようですよ。
公平でないところがウィキのすばらしいところ。
面白いからあることないこと書かれてみてはいかがですか?
僕を嫌いな人とか、早く死ね!と思っている人などは(笑)。

僕はそのころ改名をして、実はエ!?と驚くような仕事を
しているかもしれない。

遊びに付き合ってくれる人がいると嬉しい。(笑)

いつかやりたいデスマッチ。

今月も定番のスローガン。

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自由

生きるも死ぬも自由。
周りを悲しませないかどうかが、その生きる、死ぬを
選択するする目安となるんでしょう。
あとは神のみぞ知るといったような、僕のような凡人には
思索の領域を超えたことだと思います。

絵を描くということを、認識しながらやるんなら、
僕は今描かないでもいいんじゃないかなあ、と
思い始めたりもしました。
満足なギャラは誰もくれないし、もひとつやりたいコトを
僕にはさせてくれなかったりします。ダルかったりします(爆)。
まあ、それは言わないほうがいいからいわないけれど。
30代にはそれなりの、40代にはそれなりの、
『あいつさえおらんかったら!』という、そういう
残念な星回りということもあります。
・・・言ってるけど。(笑)
それももうすぐ片付くんですけど・・・。
勿体無かった僕の10数年(笑)。

だけど。ダルいっす。

年をとったんでしょう。
フットワークが重くなりました。

高校を出てから、僕は、絵を描くことに情熱を注いだかと
思えば、その孤独さに飽きて、サービス業に従事したりしました。
もともと、初めての就職が、今でいうカフェですから、
ソフトな水商売です。
楽しかったです。
人に疲れると、今度は篭って暗く絵を描く(笑)というような
生活にはいりました。
それに疲れるとまた、なんらかの店に勤めるという・・・。

基本、僕はそういうとこ変わっていません。

僕は子供時代、父親が手描き友禅〜染工場経営という彼のエポック時代のもとにて
大半を過ごしました。
ガッコの先生も嫌味に思うくらいの画材の知識は持っていましたから
ちょっと天狗になっていたフシもあります。

しかしながら、事業を始める前の父は、けっこうお嬢だった
母親に(笑)相方として手伝わせながら、ベンチャーでラーメン屋をやったことが
あります。
いまはおぼろげですが、3、4歳のころの僕は記憶力が良かったです。
その風景もよく覚えています。
ちなみに、そのころ好きだった近所のガールフレンドのことも
よく覚えていて、いまだに思いだします。ミコちゃん(笑)。

さておき、
最近は絵を描くことよりも、晩飯作り、または、明日のお弁当作り(笑)の
ほうがじつは楽しかったりします。

17歳のときの僕の夢は、フィフティーズ風の雰囲気のカフェを経営することでした。
当時、洋服屋のクリームソーダに傾倒したからです。
コーヒー淹れて、ハンバーガーやサンドイッチなど作り、朝から晩まで
ロカビリーとかロックンロールなポップなナンバーをかけ続け、
休日に描いた絵なんか店に飾りたいというようなものでした。

気がつくと青春の終わりに絵の仕事がたくさん入ってきました。
初心を忘れてしまいました(笑)。

いいお店を作りたいなあ。たぶん経営手腕はないけれど。(爆)
だれかあ、いい話ないかあ?いい物件ないかあ?
借金はきらいだけれどお〜(笑)。

さて、今日はラーメンを作ってみました。
当時の親父と食べ比べ、または談義をしたかったなあと
思います。
時間のすれ違いということがありますが、
違う時代に生まれて、境遇の高低の違いという運命はもちろんのこと、
同じ世代として生きられなかったことは、故人、または
未来の誰かといずれ接するにしてはがゆいことではあります。

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お作法

お作法ってなんだろう?
そういうと高尚なお勉強をやってきた教え好きの
いろんなみなさんが教えてくれますよ(笑)。
ごっつ、ぼったくられますしね(笑)。

しかし、お作法ってなんだろう????

と、思うのです。

若い頃はどうでもいいなじゃないか^^;と、思うことが
多いのですが、だんだん身体の使い方に無理があることをすると
なにかが壊れます。
そういう無軌道な?無茶な動きを良くはないよ、と諭すのが
お作法だと思います。
座り方、食べ方などのマナーから、他人に対する敬意などを
表す行動、実践に臨んでの心構えとして。

また、見た目の話ですが、ティーンがよれよれへたへた、たなたなの
Tシャツを着ていてもそれはとても可愛らしく美しいものですが
人間、年齢がいっちゃうと、だいたいはそうはいかなくなります。
見窄らしかったり、よほどの説得力あるアンチテーゼを抱き合わせて
いないと愚かなルックスになるからです。

さて。

例えば、地下鉄などでどっこいしょ、というか
ドスンと座るおっさん、おばはん、またいまや若者がおります。
きっと疲れ切ってやっと座れるから、安堵感と達成感から
脱力してドスンです。
気にしないひとも多いでしょう。

僕はカチンときます。(爆)
着座するまでのほんの0.5秒までの間は筋肉を弛緩させる
べきではないです。
他人に対する気遣いはもちろんですが、自分の美学として。

また、ものを食べる時、くちゃくちゃと音をたてて食べる人間がいます。
これは僕は論外だと思っています。
わんちゃんやねこちゃんは場合によっては人前で交尾します。
人間でもたまにいますが(笑)。
粘膜の音をあらわにさせるのはもっとも人間離れしたパフォーマンスだと
僕は思っています。

あ、いきなり話がイっちゃいましたね(笑)。

まあ、それはともかく、僕はなにか食べ物を口にした時、または、やっとトイレに
入れるな^^、と、思ったときに、85%くらいの確率で電話がかかってくる
呪われたような非常に珍しい人間です。

それを僕は、よく悔しがっていましたが、せめても、ものを食べるときは
いつも非常事態にモゴモゴしないでいいようにいつでも飲み込めるような
分量を口にしますことを誓います。
なにをお上品に!と冷笑される方もおられるかもしれないが
きっとダンディな戦国武将もそうしたはずです。
そこからお作法に発展していると僕は信じています。

最終的にはいつ死んでも良いという身の回りの整頓にまで
昇華されるのでしょう。
財産分けのことや、僕や私が死んだ時、まわりは
どういう顔するんだろう?みたいな煩悩にあふれた生前葬の
ことではありませんよ。^^;

また、僕はとても神経質なのでしょう。
道路を歩いていて、コッコッコッあるいはコツコツコツと
ハイヒールの女性が早足に背後を歩いてくる音にイラっとします。
きっと女性にコンプレックスがあるのかもしれません。
笑ってください。所詮僕です。

それだけでなく、汚い足音の人間がおりまして
それはもう、僕が攻撃的な行動に出る、または、薬物が大好きな
人間でありましたら、たちまち事件を起こすでしょう。
それぐらいイライラっとします。

そんなに無知な足音をたてていいのか?と思うからです。

スニーカーという単語があります。
運動靴ですね。
足音をさせずに歩ける。
つまりスネーク(蛇)から来ているからです。

だからどうなのだ?というと僕はとても危ない人になりますが
イライライラっとするから正直、どうしようもないのです。

通院しようかな(笑)。

ちなみに僕の足音はまったくしないのでキモいと言われます。
それもしかたないんです。
深夜にアパートに帰宅する暮らしの頃、隣人の病気がちな
おばちゃんを気遣って静かに階段を上ったからです。

みんなも少しは感がえてください。
って、俺はなにものやねん^^。って話です。

しかしながら、物音をさせず、スーーーーーッと近寄ってくるもの、
それは最近の自動車です。
バリバリバリと音をわざと音を立てるモーター音やクラクション、
はたまたセルスターターのキュキュンという音も
きっと攻撃的に変化するだろうはずだった僕に、喧嘩を売っている
としか言いようがありませんが、
そんなことを言った後でこれまた矛盾したことをいいますが、
いまは自動車屋さんに勤めている友達がいませんから
やっと言いますが、

僕は現代の自動車を憎んでいます。

乗っているのは恐ろしい性格の人間です。

きっとひどい事件が起こりますから・・・・。

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プライヤー

ナロディちゃんは、今日も任務を遂行すべく、幾つかの
部屋に入った。
お行儀のいいひともいれば、殺人の現場みたいに散らかした
海外のにわか成金の部屋もある。

違和感を感じた。

Tさんが就任したときの記事、
また、あるいはK氏が暗殺されたときの記事が一面に載った
新聞は、皆がくしゃくしゃになるまで読んでいた形跡があるのに
今日の事件の記事は、たぶん誰も読んでいない。
サラッピンのビニル袋に入ったまま置いてある。

そうなんだな。観たくないんだ・・・・。

ナロディちゃんのお友達は、パンを焼きながら待ち焦がれて
いるそうだが、長い長い時間そうしていたようだが、
最近なんかそわそわしているらしい。
ラジオを聴いてその手がたまに止まっているらしい。
なにか手につかないらしい。

そんなことには、ナロディちゃんは全く関心がないが、
洗濯した明日の制服にスチームアイロンをしたいのだが、
今日もスチームのボタンを押すとへっこんだままで、
なかなかうまくかけられない。

「やっぱ、コードレスにしたかったな。お買い得だって店員が
言ったからお前を買ってやったんだぞ!」

いつもは軽く、手元にあった100円ライターか、テレビのリモコンかで
カンカンと叩いて、ボタンを押せる位置までポンと戻すのだが
今日はいうことをきかない。

お前は捨てる!アホンダラ!
そう言って一旦ゴミ箱にアイロンをぶち込んだのだが
まだ熱い。
だからちょっと冷静になった。
腹たちまぎれに手にちょっとやけどしたのもある。

仕事の昼間は指令のPHSが頻繁になって、何回も手配のやり直しを
させられてイライラしていたから、工具入れにあったプライヤーで
ボタンをガンガンガンっ!と叩いてやった。
今度いうことをきかなかったら殺すぞ!と。
ひとのアゲアシとるんじゃねえ!
なんかゴッチャになってきた。

スチームボタンはピタリと元の位置に戻った。
その黄色いボタンは筋状の傷がついてしまったけれど。

ごめんね。

ナロディちゃんはそう言いた。

本当に疲れている。
私は今日は本当に疲れたと。
そう思った。

お友達はゆっくりとずっと疲れていたんだろうな....。

そう思った。

こんどいうこときかなかったら殺すぞ。
人差し指をたててそう言った。

ナロディちゃんはアイロンがけを始めた。

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肉ジャガ

 

うまく炊けたと思うんだけど。

・・・・

え?肉ジャガって炊くの?煮るんじゃね?

@@

ま、どうでもいいじゃん。茹でたんじゃねえんだし。

人参も玉ねぎもいい感じだし、冷凍庫にあった切り落としをぶち込んだ
割には、砂糖と醤油がいいカンジじゃね?

umumuumu・・・・・・たしかに。

冷蔵庫もおかしくなってるからこの冬、勝手にシラタキも凍ってたね。冷蔵庫内で(笑)。

イイんじゃね?これがいっちゃんうまいし。

歯ごたえがね^^

だけどなんかなあ・・・・???

そや!

エ????

アカンアカン!色があかんって!全体!

緑が足りんってか???

そしたら、冷凍庫にある冷凍インゲン入れたらいいやないですか?

あるがな!^^・

ぶち込んでまえや!

お!

・・・・・・。

うまいやん!これええがな。

やっぱうまいやん、ぶち込んだ甲斐あるやん。

うん!^^ぶちこんだだけやし。

ウマー。

うますぎ。

うまいなあ。

うまいやん。

終わり。

※彼らは主役のジャガイモのことを忘れているが、もちろん入っている。
春には大きな新ジャガを。
皮を剥かず、タワシで軽く擦ってざく切りにしたものを
ぶち込んだ。
なお、カツオ出汁粉末がなかったので、干し椎茸の千切りになったものを
ぶち込んでおいたことも追記する。

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臭い時代

臭い時代って(笑)・・・・。

嫌ですね。^^

いい匂いの時代。僕にはあります。
遠い遠い昔の時代。
リアルタイムで体験しなかった古き良き時代。

だけれどもそれは僕の幼稚なファンタジー。
初老にさしかかっているにも関わらず、今でも
大人になれない幼稚なファンタジー。

どんな時代なの?
それはここでは書けません。
ひょっとして、もしかして、もっとも臭い時代だったと
ある国や、ある環境下の人は感じていたかもしれないからです。

きな臭い時代になってきた、
軍靴の音が聞こえる、
そういう匂いや音やないんでしょう。
今は。

あまりに老若男女とも、この50年くらいで
小賢しいメディアや労せずともお金がガポガポ入るのが
好きな一部の人たちにマニピュレートされてきました。

しょうがない。

とにかく明日元気で起きたら精一杯働きましょう。
お休みの人は家族や大事な人にちょっとだけでもいいから
優しくしてあげましょう。

そしてこいつだけは許せないというオブジェクトを心に辛く抱えて
いる人はバカの顔をしてヘラヘラ笑いながら、牙を磨いて
いつでも噛み付けるようにしましょう。
(笑)。

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絶対

僕は子どもの頃、「絶対」という言葉が好きであった。
と言うよりも、絶対と言い切れるくらい真実を好んで晴れ晴れした
そのときそのときを生きることが好きであった。
真面目に正直に生きるという両親からの教えに忠実であった。

だから「絶対」が好きであった。

でも、京都に移り住んでからいろいろあった。

京都人が嘘つきだと言うことではない。

世間にはいろんな事情があり、早い話が逆もまた真なりという
高度な真実もあり、幸せに生きていくには「矛盾」という不思議な
真実も抱き合わせて考えないと、とてもとても生きてはいけない
そういうことを含み、山に囲まれた湿度の多い京都であった。

なので、ある時期から、母親に
「絶対!っていうことは世の中にありえないんだよ!」
と僕の言動を叱られたことがある。
屁理屈家の僕は生意気な反抗をしてビンタをくらったこともある。

年をとった母は、ビンタなんかしたことはない、と
本当に純粋にそのことを忘れている(笑)。

同時期に忠告されたことは、バカ正直、くそまじめ、
そういうことだった。
お前は要領が悪すぎる!と・・・・。

何が悪い??

そう思ってきた。
だけど、それは今になって涙が出そうなくらい
優しい暖かい言葉であったと認識している。

なぜ僕はいつまでたってもそういう生き方ばかり選んで、
行かなくてもいいところに行くんだろうか?と思うんだが、
大げさに言えば、運が悪い(笑)。ツイテナイ(笑)。
毎日、切腹を覚悟しなければとてもじゃないがノイローゼになりそうな
環境におかれることも多くなった。
これからは加速装置をつけたように多くなるだろう。

だから、そういうことだろう。
そういう人間だと察知されたのだろう。

愛である。

しかしながら僕は自分自身に対しては
『絶対』という生き方をしていくつもりだ。

皆さんも応援してほしい。
応援してねなどとは僕はあまり言わないほうなのだけれども
世の中は人を陥れることに長けた人も実に多いのだ。
そうやって生きていく人が多いのだ。
そんな人、嫌われ者だと思うけど。オーラも暗いけど(笑)。

京都の曖昧さ、イケズさは、そういう危ない世の中を
渡って行くための「『絶対』は言わないほうが無難どすえ」
という愛が満ち溢れているのです。

桜はもう満開になります。
写真はないですが美しい京都です。

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天才

天才バカボンという漫画、のちにアニメがあった。
いまの世代の子でも分別ある子なら知っているだろう。

さておき天才。

天才とはなんだろう?

あなたは天才ですね!と、人に言われ
僕は(私は)凡人ですよ^^;
という人はともかく、
『いいえ、僕は(私は)天才なんかじゃないですよ。
僕は(私は)努力の人ですよっ^^;』

って言う人間がたまにいるが、その人の育った環境による
謙虚さからそう言われるのだろうが、
僕はそういうのを一番信用していない。
あえて言わない方が良い。もったいない。

努力とはなんぞや?という次のテーマについて
考えなきゃいけないからだ。

そんなこともまたさておき、僕には天才の友人&知り合いが何人かいる。
絞り込んで確実な天才は三人くらいはいるが、

僕が確実に天才だと思って疑わない人がいる。
みんなもしっているだろうな(笑)。

で、とても天才なのに、もひとつ未だ決定的なチャンスに
出会えず、それでも くじけず諦めず今日も元気な天才な友達。
僕もそれなりに時間が無くなってきたから会えないことも多くなったが、
きっと僕が本当にジジイになったとき
もし、映画を作れるんなら、一番輝く笑えるシーンに選びたい!
と、いう天才が今日もこの地球でリアルタイムに生きている。

日々、いろんな時間があるが、やっと手に入れたちょっとした孤独で幸せな瞬間に
そういう天才を思い浮かべる。
幸せである。

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